January 31, 2012

萬年筆研究会【WAGNER】第16回関西地区大会 (その2)

昨日のつづき。今年一番最初に買ったのは、N御大のミニ・ペントレに出ていたパイロット・カスタム、スターリングシルバーの18C−WGのFニブ付き。手許に3本目となる18C−WGのFニブ付きである。これで、自宅、職場、持ち歩きの3本が揃う。

ペンクリ申込書2番に記入。あとに待つ方もおられなかったので、じっくりと調整をいただいた。その間、隣にaurora_88さんが座って、親方のペンケースから取り出した万年筆を、入念に試筆されていた。調整師の方が、自分用に調整した万年筆、書き味が悪いはずがない。僕も書かせていただいたと同時に、ルーペでペン先を拝見する。ズームから研ぎ出された、独特の親方流長刀(僕にはそう見えた)もあり、書いても、見ても楽しめる。

そうこうするうち、僕のカスタムの調整も終了。いつもながら見事な調整。N御大も試筆されると、毎回の如く、「買い戻すよ」とのお言葉を心地よく聞く。それほどの逸品が3本揃った。実は、これペン習字のみならず、ある目的に使おうとしているのだが、その計画が完成するのは、午後ルボナーにお邪魔しなければならなかった。

ブログというメディアは有り難いもので、僕の疑問に対して、お会いしたときに応えていただく機会があった。先日のブログのエントリーで、「N.M. MFG & CO. TOKYO」の謎解きについて記したところ(本ブログ2012年1月26日)、世界のコレクター氏より、「並木製作所」は、ある時期「並木萬年筆製作所」と称していた時期もあるとの御指摘を受けた。これで「&」の問題は残るものの、疑問は解決。N.M. MFGはMont Peliさんも指摘されておられたように「並木萬年筆製作所」であった可能性が極めて高いと言えるであろう。

ただ「並木萬年筆製作所」との呼称については、、『パイロットの軌跡』など社史に記されてはいない。社名の変遷、あるいは複数の社名が存在した事実は、コレクターが真贋を確認するのみならず、社史を書く際にも極めて重要な項目である。この点は以後、パイロットの社史編纂の際に、確認していただければと願う。

世界のコレクター氏からうかがった話では、待望のFountain Pens Of Japan(師匠のブログ『万年筆評価の部屋」2011年6月5日)が、来月16日から19日に開かれるロサンゼルスのペンショーで、初お目見えするとのことだ。一般への販売はその後、まだ時間を要するそうであるが、近いうちに見ることができるようになる。書籍にしては高額のものとなるかも知れないが、待ち遠しい。

さて、そのようなことをしているうちに昼前。つきみそうさんの車で、数名の方がル・ボナーへ行かれるとのことで、御一緒することにした。当方の計画が、着々と進む。(つづく)

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January 30, 2012

萬年筆研究会【WAGNER】第16回関西地区大会 (その1)

IMG一昨日は、萬年筆研究会【WAGNER】第16回関西地区大会@元町。当方は事情で、親元に前泊をすることになった。そこで、どうせなら久々に梅田でお買い物をすることにした。やはり人生の3分の2近くを東京で過ごしているものの、買い物は、梅田界隈が一番僕にとっては判りやすい場所だ。ルートは、先ず新大阪から地下鉄で淀屋橋へと向かう。神宗の昆布を買って、リングジャケット、「はがくれ」で空腹を満たし、阪急百貨店HEP Navioで洋服を買うという、最も効率的なコース。

その後、人に会って、一緒に喫茶店でコーヒーをいただく。うかがったところによると、今年も阪神百貨店万年筆売り場のセールスでは、非常に魅力的な万年筆やボールペンが出ていたらしい。僕も欲しくなったボールペンがあったのだが、問い合わせてみると、当然ではあるが完売。残念であった。

親元に到着後、両親にあわせて、夜9時に就寝。日頃6時間以上寝ることのない僕は、3時には目が覚めてしまった。ブログを徘徊し、ペン習字の練習など。こんなことなら、仕事を持って帰ればよかったなどと後悔していた。こんなに早く起きたのに、元町到着はいつものように、10時過ぎとなった。両親と話し込んでいたら、開場時間に間に合わなかった。

いつものように、会場にはなじみの方々がおられる。ただ、いつもの賑やかさがないのは、みずうみのあくまさんや、番長がおられなかったせいであろう。ミニペントレも、いつもながらに様々の万年筆が出ていたのであるが、今回の僕の目的は、先ず久々の親方によるペンクリであった。(つづく)

追伸: この度、Blogger Allianceのスタッフから、「スパムコメント対策として、海外IPからのコメント拒否機能を追加しました 」とのアナウンスがあった。随分スパムに悩まされてきたが、1つの改善策が可能となった。以前より海外からコメントをいただいていた皆様には申し訳ありませんが、このような制限をかけた上で、コメント欄を再開することにいたします。

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January 29, 2012

紙様からの宿題(その4):特許番号の謎 パート3

2008年の中頃、師匠のブログ「万年筆評価の部屋」では、 渡部旭により【パイロットタイムズ】に戦前に連載され、1990年頃に復刻された『萬年筆と科學』『インキと科學』についての解説のシリーズがあった。

その中でも、ブルーブラックインク開発のことが非常に印象に残っている。これは、おそらくその後、がりぃさんとお会いして、古典的ブルーブラックインクのことをいろいろうかがいながら、記憶が反復されたためもあろうかと思う。

そのブルーブラックインク、パイロットの社史である『パイロットの軌跡』(1979年刊行)には、以下のようにある。
当社は大正15年10月,パイロットインキを発売した。そのころ市販されていたインキは質の悪いものが多く,インキカスで万年筆のインキ溝がつまってしまうという苦情がよくあったので,当社が独自で万年筆にあうインキを開発したのである。その後. 品質の改良に努め,昭和5 年10月,ブループラックインキを開発,日本.イギリス,アメリカ,フランス,オランダの5 か国で特許をとった。これはインキをコロイド物質としてとらえる化学的研究によって自然沈殿をほとんど皆無にし,鉄ペンの腐蝕をきわめて少なくした世界的に優秀な製品であった。(p80)

ここで明確に書かれているように、ブルーブラックインクの特許が、世界5カ国で取得されていることを記している。

しかし、この特許、アメリカの特許をいくら探しても出てこない。もしかしたら、古いボトルにはアメリカの特許番号をUSA PAT. XXXと記されているかも知れない。もし御存知の方がおられたら、御教示願いたいと思う。

今回、特許について調べてみて、萬年筆関連特許が、世界各国で非常に多く出されていることが判った。特に戦後の特許申請に関しては、戦中、戦前の特許が参照、注記されている場合が多い。特にパイロット・キャップレスなどは、それ自体は独創であるのだが、技術的には様々の特許を参照されているのが、特許申請書を見れば判る。

どんどん進化を遂げてきた万年筆。その万年筆の変遷とそのルーツを、特許の書類の中に見いだした。紙様の講義でいただいた宿題をこなすうち、次々と新たな問題にであい、さらなる深みにはまっていく。いずれにせよ、紙様の貴重な講義、有り難うございました。次回を楽しみにしております。

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January 28, 2012

紙様からの宿題(その3):特許番号の謎 パート2

飲み込み式 万年筆飲み込み式 ボトル
飲み込み式万年筆とボトルについての特許図。
紙様の講義資料中、ラッカナイト特許についての記述がある。ラッカナイトとはエボナイトの表層に、変色に強い漆を塗ったエボナイトを指すLacquered Eboniteを短くした和製英語。(ラッカナイトについては、「万年筆評価の部屋」2006年11月17日に詳しい。)この製法を並木良輔名で、アメリカで登録をしている。

アメリカの登録番号はUS1600293である。配付資料では、1500293となっていたが、単なる誤植であろうか。もしこれが軸に付いていたとしたら、並木製作所が間違えたことになる。ちなみにUS1500293は銃器に関する特許であった。

じつは紙様にいただいた資料中の特許で、検索できたものはこれだけ。軸にPAT.XXXと刻印されている番号は、恐らく日本の特許番号であろうが、特許庁のデータベースを使っても、うまく特許資料まで行き着くことができなかった。**

今回、グーグルで調べると、T式万年筆に関する特許(US1540416)。N型(首旋回インキ止式)星合せ万年筆(US1594319)がでてくる。これらは、並木良輔名で登録されている。興味深いのは、後者は1921年に申請したものの、特許が認められたのは1926年。前者は、1924年に申請して、1925年に認められたため、開発時期は後者の方が早いものの、番号ではあとになるという逆転が起きてしまっている。また、P式万年筆(US2070461)は、渡辺旭名で登録されている。

所謂「飲み込み式」万年筆に関しては、冒頭に図を掲げた。興味深いのは、インクボトルと万年筆とを別々に、特許申請を行っていることだ。ボトルはUS2132313、万年筆はUS2144296である。社史である『パイロットの軌跡』の年表には「昭和12年 6.25  N 式万年筆は,日・英・米・仏の特許取得」(p214)とでてくる。

しかし、ここでふと昔、師匠のブログで読んだことが、蘇ってきた。肝心の特許が引っかかってこないのである。

** 特許庁は、このようなシステムを作るのは、不得手のようだ。日本経済新聞 2012年1月24日の記事より。

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January 27, 2012

紙様からの宿題(その2):特許番号の謎 パート1

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紙様の講義資料には、多数の特許番号が列挙されていた。今回は、この特許の内容を調べていく宿題をしていく過程で、さらなる様々の難問が出てきたことを記したい。

万年筆の特許に関しては、以前このブログでも、キャップレスに関して紹介したことがある。(2010年2月21日)万年筆に関する特許は、通常詳細な図とともに申請されることが多く、特許の内容や、その歴史的意義は判らなくても、図を見ているだけで何となく楽しくなってしまう。

例えば、近代万年筆の祖ともいえるウォーターマンも、1883年に万年筆の特許をアメリカで申請している。グーグルの一機能、グーグル・パテント(google patent)のホームページで検索すると、すぐにオリジナルのドキュメントに行き着く。アメリカの特許番号293545(検索ではUS293545で引っかかってくる。特許番号は、日本はJP、カナダはCAなど、国の記号が先頭に来る。)

このように、パーカーや、シェーファーなどメーカーの名前を入力し、画期となる万年筆が生産される前後の年度を検索すると、いろいろと詳細な図とともに、詳しい機構の説明を読むことができる。例えばシェーファー・スノーケルの特許は、US2769427で、1951年に申請したのものの、特許が認められるまで5年を要していることなどが判る。このような図は、調整師の方にも随分役に立つのではないかと思う。

翻って日本に着目すると、日本筆記具工業会の年表には、1911年「「吸入式ナミキ安全万年筆」の特許をパイロットの創業者でもある並木良輔が取得とある。残念ながら、当方日本の特許関連のデータの検索に不慣れで、特許庁のホームページから、いろいろと調べたのであるが、見あたらなかった。そこで、アメリカの方で調べてみると、冒頭の図に出会った。US992234がアメリカでの登録番号である。

さて、前置きが長くなったが、ここからが本題。1918年並木製作所が設立されて以降、並木良輔や渡辺旭の名で、様々の特許が日本のみならず、アメリカで申請されている。1945年以前に申請されたもので、当方が検索できたものは1911年のものを入れて7件、しかし、重要なものが見つからない。

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