November 23, 2009
萬年筆研究会【WAGNER】 第47回定例会
昨日は、萬年筆研究会【WAGNER】 第47回定例会。世間では3連休のど真ん中らしいが、当方は月曜日は通常の仕事のため、普通の週末。加えて色々と雑用があり、今日の定例会は、「キセル」参加。
久々に9時30分の定例会開始前に到着。机の移動を手伝う。師匠のブログで連続企画となった太字万年筆調整シリーズ。今回も同じ方が、大量に万年筆を持ち込まれた。その方が、黙々と御自分の万年筆を整理されておられる。当方も、調整をお願いするため、今回は3本の万年筆を持ち込んだ。モンブラン149、14C−BBと、ペリカンM625、そしてWAGNER2009である。
最近の僕の楽しみの一つは、WAGNER調整師のかたの、それぞれの書き味を楽しむこと。家を出る時から、調整をお願いする方を決めていた。モンブランは当ブログに当該万年筆についてコメントをいただいた師匠。ペリカンは今回はらすとるむさんにお願いしようと考えていた。
理由は前回の裏定例会で、パコさんとらすとるむさんの調整された細字万年筆をある方が2本差し出され、比較してみた。両方とも絶妙の書き味に調整されているにもかかわらず、あまりの書いた感触の違いに、調整師の方の主張を感じ取ったためだ。パコさんにはヴィスコンティーの細字を調整いただいたものがある。そこで今回はストレートな細字調整をらすとるむさんに、と思ったからだ。また、WAGNER2009は、2本あるうちの1本を、これは存分に改造いただこうと、らすとるむさんにお預けしたい旨、事前に御連絡し、御了承をいただいていた。そこで、これも同時にお渡しをする。
師匠が到着され、早速会場設営、堆く積まれたWAGNER2009。本日師匠はこちらの調整に専念されるとのことで、モンブラン149をお預けしてお願いすることとなった。そして、調整が始まるとともに、師匠の手許をじっくりと拝見し、WAGNER2009の調整方法の基礎(ペン先、ペン芯の外し方など)を学ぼうと側に陣取った。手許に残ったもう一本は、僕ができる限り調整しようと考えているからだ。
そうこうしているうち、最近一部に熱狂的ファンを擁するブロガー、foolsbookさんが出張帰りに会場に到着。先日神戸で購入されたWAGNER2009を持ち込まれ、師匠に調整を依頼されていた。ルボナーのディプロマに興味をお持ちとのことなので、当方の持ち歩いているもの御覧いただく。僕はここで仕事のため、例会を中座する。次回の中部地区大会での再会を楽しみにfoolsbookさんともお別れをした。
久々に喫茶店・銀座ルノアールに行き、仕事を片付ける。何とかNさんの講義に間に合うようにと頑張ったせいか、2時過ぎには終わり、再び会場に戻る。今度は秋田からヤッター万さんが到着をしていた。仙台「文具の杜」のお噂など、最近も万年筆活動を活発に行っておられるようだ。当然今回はWAGNER2009をお買いあげ。
ちょうどこの頃、師匠があることを調整師の方々に指示されていた。おそらくブログでお書きになると思うので、ここでは割愛するが、この調整法により、簡単にWAGNER2009が調整師の手を経た正規のWAGNER2009か、そうでないかが判定できる。
らすとるむさんのテーブルに移動した。パコさんを含めてなにやら楽しそうにワイワイ、ガヤガヤとされている。ある方が持ち込まれたビンテージのウォーターマンやモンブラン、ペリカンを鑑賞されていたのだ。とくに、ウォーターマンの100年程前に生産された最初のNight and Dayを試筆させていたた。何と豊穣な書き味か。100年の時の経過を感じさせない新鮮さ。それ以外にも、インキ止めのセイフティー万年筆を何本も拝見し、テーブルの皆が、ウォーターマンのビンテージは良いとの話をしていた。手許のウォーターマンをほとんどお嫁に出した身としては、このような万年筆に出会っていたら、ウォーターマンは我が家の箱入り娘となっていただろうなと思った。
さて、Nさんの講義が始まり、例によって、様々の万年筆に関するお話しを、楽しく拝聴。とくに、原稿用紙に用いるインクのことなど、講義中にこのブログで書き記したことへの、コメントをいただいたりした。ただお風邪を召しておられたようであった。くれぐれも御自愛ください。
さて、ここで僕の例会も終わり。いつもは終了を待って、後片づけのお手伝いをして帰るのだが、今日は夜の仕事もあり、一足早く帰らなければならなかった。帰る直前、女王様とお話し。万年筆のパーツを入手され、御満足の御様子。調整にますます本腰を入れられているようだ。僕は、色々な調整師の方の万年筆を書いて楽しむ今日この頃。そのうち、女王様に調整頂いた万年筆も、一本手許におきたいと、畏れおおいことであるが、お願いを申し上げた。
また、らすとるむさんにより調整されたペリカンM625を受け取る。未調整の段階との書き味の激変はいつものことである。しかし今回感じたのは、うまく表現が出来ないのだが、インクフローの量は調整前と同じレベルでも、しっかりとインクがでて滑らかに書けると言う感じ。どのようなマジックがあるのか、らすとるむさんの細字調整された逸品を、持ち歩き用として使おうと思う。有り難うございました。
別に師走に向かっているからということではないが、ここのところ週末に仕事が入る。来週、再来週は仕事で身動きが出来ず。博多の九州大会、大宮の裏定例会への出席は叶わず残念至極。これも万年筆を買うための、原資確保のためには仕方のないこと。2回も例会を休むと禁断症状が出そう。名古屋の中部地区大会は、本当に待ち遠しい。
久々に9時30分の定例会開始前に到着。机の移動を手伝う。師匠のブログで連続企画となった太字万年筆調整シリーズ。今回も同じ方が、大量に万年筆を持ち込まれた。その方が、黙々と御自分の万年筆を整理されておられる。当方も、調整をお願いするため、今回は3本の万年筆を持ち込んだ。モンブラン149、14C−BBと、ペリカンM625、そしてWAGNER2009である。
最近の僕の楽しみの一つは、WAGNER調整師のかたの、それぞれの書き味を楽しむこと。家を出る時から、調整をお願いする方を決めていた。モンブランは当ブログに当該万年筆についてコメントをいただいた師匠。ペリカンは今回はらすとるむさんにお願いしようと考えていた。
理由は前回の裏定例会で、パコさんとらすとるむさんの調整された細字万年筆をある方が2本差し出され、比較してみた。両方とも絶妙の書き味に調整されているにもかかわらず、あまりの書いた感触の違いに、調整師の方の主張を感じ取ったためだ。パコさんにはヴィスコンティーの細字を調整いただいたものがある。そこで今回はストレートな細字調整をらすとるむさんに、と思ったからだ。また、WAGNER2009は、2本あるうちの1本を、これは存分に改造いただこうと、らすとるむさんにお預けしたい旨、事前に御連絡し、御了承をいただいていた。そこで、これも同時にお渡しをする。
師匠が到着され、早速会場設営、堆く積まれたWAGNER2009。本日師匠はこちらの調整に専念されるとのことで、モンブラン149をお預けしてお願いすることとなった。そして、調整が始まるとともに、師匠の手許をじっくりと拝見し、WAGNER2009の調整方法の基礎(ペン先、ペン芯の外し方など)を学ぼうと側に陣取った。手許に残ったもう一本は、僕ができる限り調整しようと考えているからだ。
そうこうしているうち、最近一部に熱狂的ファンを擁するブロガー、foolsbookさんが出張帰りに会場に到着。先日神戸で購入されたWAGNER2009を持ち込まれ、師匠に調整を依頼されていた。ルボナーのディプロマに興味をお持ちとのことなので、当方の持ち歩いているもの御覧いただく。僕はここで仕事のため、例会を中座する。次回の中部地区大会での再会を楽しみにfoolsbookさんともお別れをした。
久々に喫茶店・銀座ルノアールに行き、仕事を片付ける。何とかNさんの講義に間に合うようにと頑張ったせいか、2時過ぎには終わり、再び会場に戻る。今度は秋田からヤッター万さんが到着をしていた。仙台「文具の杜」のお噂など、最近も万年筆活動を活発に行っておられるようだ。当然今回はWAGNER2009をお買いあげ。
ちょうどこの頃、師匠があることを調整師の方々に指示されていた。おそらくブログでお書きになると思うので、ここでは割愛するが、この調整法により、簡単にWAGNER2009が調整師の手を経た正規のWAGNER2009か、そうでないかが判定できる。
らすとるむさんのテーブルに移動した。パコさんを含めてなにやら楽しそうにワイワイ、ガヤガヤとされている。ある方が持ち込まれたビンテージのウォーターマンやモンブラン、ペリカンを鑑賞されていたのだ。とくに、ウォーターマンの100年程前に生産された最初のNight and Dayを試筆させていたた。何と豊穣な書き味か。100年の時の経過を感じさせない新鮮さ。それ以外にも、インキ止めのセイフティー万年筆を何本も拝見し、テーブルの皆が、ウォーターマンのビンテージは良いとの話をしていた。手許のウォーターマンをほとんどお嫁に出した身としては、このような万年筆に出会っていたら、ウォーターマンは我が家の箱入り娘となっていただろうなと思った。
さて、Nさんの講義が始まり、例によって、様々の万年筆に関するお話しを、楽しく拝聴。とくに、原稿用紙に用いるインクのことなど、講義中にこのブログで書き記したことへの、コメントをいただいたりした。ただお風邪を召しておられたようであった。くれぐれも御自愛ください。
さて、ここで僕の例会も終わり。いつもは終了を待って、後片づけのお手伝いをして帰るのだが、今日は夜の仕事もあり、一足早く帰らなければならなかった。帰る直前、女王様とお話し。万年筆のパーツを入手され、御満足の御様子。調整にますます本腰を入れられているようだ。僕は、色々な調整師の方の万年筆を書いて楽しむ今日この頃。そのうち、女王様に調整頂いた万年筆も、一本手許におきたいと、畏れおおいことであるが、お願いを申し上げた。
また、らすとるむさんにより調整されたペリカンM625を受け取る。未調整の段階との書き味の激変はいつものことである。しかし今回感じたのは、うまく表現が出来ないのだが、インクフローの量は調整前と同じレベルでも、しっかりとインクがでて滑らかに書けると言う感じ。どのようなマジックがあるのか、らすとるむさんの細字調整された逸品を、持ち歩き用として使おうと思う。有り難うございました。
別に師走に向かっているからということではないが、ここのところ週末に仕事が入る。来週、再来週は仕事で身動きが出来ず。博多の九州大会、大宮の裏定例会への出席は叶わず残念至極。これも万年筆を買うための、原資確保のためには仕方のないこと。2回も例会を休むと禁断症状が出そう。名古屋の中部地区大会は、本当に待ち遠しい。
November 22, 2009
流行の予感 デュポン・デフィ ボールペン・リフィル
WAGNER関西地区大会でお会いした夢待ち人さんが、デュポンの最新作デフィをお使いになっていた。デフィとはフランス語で、挑戦や決闘という意味。英語ではもう少し拡がって、大胆な反抗などとの意味があるようだ。デュポンの意気込みが伝わってくるようなネーミングである。
僕が最初にこのシリーズを銀座のデュポン・ブティックで見た時、万年筆がスティールのペン先となっていたため、少しがっかりした記憶がある。しかし、このデフィという高らかな宣言の背景には何があるのだろうと思った。そこで、カリスマ店員から勧められたのが、デフィ・ボールペンであった。その滑らかな筆記感は、既にこのブログで何度も書いた。
しかし関西地区大会でパーカーリフィルとの互換性をうかがい、自分も試してみようと決意。Pen and Messageに立ち寄った際にリフィルを購入。帰宅後、さて何に入れて使おうかと考えてみた。
まず思い浮かんだのが、ペリカン証券街のボールペン。しかしこれには既にパーカーの赤のGELインクがはいっている。どこか空き家がないかと思っていた時、思い浮かんだのが、ブロムフィール堂で売れ残ったペリカンK850である。金鍍金されたボールペン上部が少し重い感じがし、筆圧が軽めの自分にはペン先に筆圧がかからず、少し後ろに引っ張られるようなイメージがあった。ところが、先日持ってみたところ、ペンの上部を握るようになったためか、バランスも許容範囲に入ってきた。そこで、これに入れて使いだした。
先日、「悪魔の館」で、八雲さんにお会いした。その際、「これ試してみたら」と出されたのがStylo Art軽井沢製のボールペンに、このリフィルを入れたものであった。これはよかった。僕も欲しいなと思って、即座にiPhoneでチェック。タリーズコーヒーで、身体を温めながらチェックしていても、八雲さんお使いのボールペンはホームページには出てこない。万年筆に製造の中心をシフトされ、既にパーカーのリフィルの使えるものは、ほとんど製造されていないようであった。
しかし、夢待ち人さんや八雲さんという御通家のお二人がこれをお使いというのが、興味深い。これは、そのうち多くの人が使い出すのではないかという予感がある。自宅用はK850で良いが、持ち歩きようは何にしようかと考えている。
実は八雲さんから11月14日のブログに書かれている事件の詳細を「悪魔の館」でうかがい、僕も月に1度は使うJRの駅の出来事であり、我が身にことのように驚き、憤りを感じた。しかし、現実的に考えて、もともと粗忽な上に、最近物忘れが激しくなっている僕が、紛失、あるいは盗難などを考えると、取り返しの付かないようなボールペンや万年筆を持ち歩くことは出来ない。やはり現行品か、簡単に入手できるようなものを持ち歩き用としたいと思った。
元々のオリジナルボールペンであるデフィも対象とはなるが、値段が値段だけに即断できない。ファイバーのものは、随分軽いのかなと重うと、それ程重さは変わらないとブティックで説明を受けたが、値段は普通のデフィの二倍程度だ。これらにも魅力を感じながら、何か持ち歩きに良いものはないかと考えている。
僕が最初にこのシリーズを銀座のデュポン・ブティックで見た時、万年筆がスティールのペン先となっていたため、少しがっかりした記憶がある。しかし、このデフィという高らかな宣言の背景には何があるのだろうと思った。そこで、カリスマ店員から勧められたのが、デフィ・ボールペンであった。その滑らかな筆記感は、既にこのブログで何度も書いた。
しかし関西地区大会でパーカーリフィルとの互換性をうかがい、自分も試してみようと決意。Pen and Messageに立ち寄った際にリフィルを購入。帰宅後、さて何に入れて使おうかと考えてみた。
先日、「悪魔の館」で、八雲さんにお会いした。その際、「これ試してみたら」と出されたのがStylo Art軽井沢製のボールペンに、このリフィルを入れたものであった。これはよかった。僕も欲しいなと思って、即座にiPhoneでチェック。タリーズコーヒーで、身体を温めながらチェックしていても、八雲さんお使いのボールペンはホームページには出てこない。万年筆に製造の中心をシフトされ、既にパーカーのリフィルの使えるものは、ほとんど製造されていないようであった。
しかし、夢待ち人さんや八雲さんという御通家のお二人がこれをお使いというのが、興味深い。これは、そのうち多くの人が使い出すのではないかという予感がある。自宅用はK850で良いが、持ち歩きようは何にしようかと考えている。
実は八雲さんから11月14日のブログに書かれている事件の詳細を「悪魔の館」でうかがい、僕も月に1度は使うJRの駅の出来事であり、我が身にことのように驚き、憤りを感じた。しかし、現実的に考えて、もともと粗忽な上に、最近物忘れが激しくなっている僕が、紛失、あるいは盗難などを考えると、取り返しの付かないようなボールペンや万年筆を持ち歩くことは出来ない。やはり現行品か、簡単に入手できるようなものを持ち歩き用としたいと思った。
元々のオリジナルボールペンであるデフィも対象とはなるが、値段が値段だけに即断できない。ファイバーのものは、随分軽いのかなと重うと、それ程重さは変わらないとブティックで説明を受けたが、値段は普通のデフィの二倍程度だ。これらにも魅力を感じながら、何か持ち歩きに良いものはないかと考えている。
November 21, 2009
2本のモンブラン・ボールペン
やはり2泊3日の帰省は、今週に大きなしわ寄せが及んだ。仕事を分散するつもりで、先週計画的に事を運んだつもりであったが、やはり突発事態が起きればどうしようもない。
そんなある日、カミさんが「私は医者の予約とったから、アンタが保護者会出てね」。「あのその日、僕は大事な仕事があって、保護者会でたら間にあわへんかも知れんねんけど」と僕。数秒の沈黙の後、親知らずに虫歯の出来たカミさんに軍配が上がった。
ということで、ほぼ徹夜あけとなった朝、保護者会出席。ムスメの幼稚園は、園長が替わり今年から保護者会に出席をとるようになった。加えて、欠席の際は欠席届を出し、幼稚園からイヤミの一言も聞くこととなる。
今回の園長の講話は攻撃的であった。まず最初に、「お父様はお仕事で忙しいので、少なくともお母様がしっかりと...」。当然、僕の方に他の母親の視線が。仕事をしない暇な父親として、しっかりと記憶されたようだ。心の中では「寝る時間削れば、どんな父親だってこれくらい出来るやろう」と思いながら、少し軽めの園長のジャブを受ける。
しかし、続けて園長は母親に対してストレートパンチを繰り出す。まず、先日の運動会、遠足のアンケートについての話。久々にトレドを引っ張り出して僕が記入したので、内容、フォーマットについては、よく覚えている。基本的には無記名であったが、最後に名前を書く欄があった。無記名アンケートで何故オプションとはいえ、名前を書かないといけないのかと、僕は不思議に思っていた。
そのアンケート集計結果について、園長は「名前を書けないような方の意見は、無責任なものとして考慮しません」、「子供さんのことよりもお母様の都合を書かれたものが多く見受けられました」云々。このストレートパンチに会場はどよめく。総会屋がいれば、大荒れになるところだが、ここは母親達はじっと我慢。ここからは、園長の独演会。「あるクラスに特にクラス替えの希望が多い」などと、保母の批判とも受け取れる発言には動揺が走った。
まあこの新任の園長、「お受験」に熱心で、以前園長であった幼稚園の方式をそのまま持ち込もうとしている。前任の園長の高潔な人格と、子供を思いやる気持ち、厳しさに最大限の敬意を持っていた僕は、この講話の途中から、耳が音を拾うことを拒絶してしまった。
そんなとき、斜め前のお母さんに目をやると、鞄からバイブルサイズのシステム手帳とともに、革のペンケースを出した。そして何がその一本差しから出てくるのかと思ったら、モンブランのモーツァルト、シルバートリムのボールペンであった。
一見“お水”風の格好で、離れていても香水の香りが漂ってきそうな感じの方であった。プレゼントでもらったのか、自分でお洒落として買ったのか、実用として求めたのかは想像は膨らむが、バイブル手帳からはみ出るような付箋の数を見て、この方はおそらくプロフェッショナルな職業の方ではないかと勝手に結論づけた。
さて、保護者会が終了、幼稚園も子供の帰宅時間となった。当方は、これからムスメを一時預かりのデイ・ケアに送り、それから出勤。いつもなら、ヘルパーさんにお越しいただくのだが、カミさんがこの日は不要ということで従前に断っていた。僕は、ムスメをデイ・ケアに預けた後、慌てて職場へ走り出した。
その日の午後、今度は、20才前後の学生が、モンブランのペンケースを持っているのを発見。見るような、見ないような感じでそちらを見ていると、ジッパーを開けて出てきたのは、おそらくクラシックのボールペン。ひょっとして中には万年筆がと思っていると、赤と青の二色鉛筆が一本はいっていただけだった。これはおそらく、自分で買い求めたものではないように思う。親戚か、親が、入学祝いで贈られたものだろう。
モンブラン、相変わらず目立つ。というかすぐに目に付く。あのモンブランのマークはやはり、優秀な商標だと思う。
ところで、我が家唯一のモンブラン・ボールペンである、カミさんからもらったスターウォーカー。いつも僕の自宅作業机の上に鎮座していたのだが、これを「万年筆の建売狭小住宅」に追いやる事件があった。これについては明日書きます。
そんなある日、カミさんが「私は医者の予約とったから、アンタが保護者会出てね」。「あのその日、僕は大事な仕事があって、保護者会でたら間にあわへんかも知れんねんけど」と僕。数秒の沈黙の後、親知らずに虫歯の出来たカミさんに軍配が上がった。
ということで、ほぼ徹夜あけとなった朝、保護者会出席。ムスメの幼稚園は、園長が替わり今年から保護者会に出席をとるようになった。加えて、欠席の際は欠席届を出し、幼稚園からイヤミの一言も聞くこととなる。
今回の園長の講話は攻撃的であった。まず最初に、「お父様はお仕事で忙しいので、少なくともお母様がしっかりと...」。当然、僕の方に他の母親の視線が。仕事をしない暇な父親として、しっかりと記憶されたようだ。心の中では「寝る時間削れば、どんな父親だってこれくらい出来るやろう」と思いながら、少し軽めの園長のジャブを受ける。
しかし、続けて園長は母親に対してストレートパンチを繰り出す。まず、先日の運動会、遠足のアンケートについての話。久々にトレドを引っ張り出して僕が記入したので、内容、フォーマットについては、よく覚えている。基本的には無記名であったが、最後に名前を書く欄があった。無記名アンケートで何故オプションとはいえ、名前を書かないといけないのかと、僕は不思議に思っていた。
そのアンケート集計結果について、園長は「名前を書けないような方の意見は、無責任なものとして考慮しません」、「子供さんのことよりもお母様の都合を書かれたものが多く見受けられました」云々。このストレートパンチに会場はどよめく。総会屋がいれば、大荒れになるところだが、ここは母親達はじっと我慢。ここからは、園長の独演会。「あるクラスに特にクラス替えの希望が多い」などと、保母の批判とも受け取れる発言には動揺が走った。
まあこの新任の園長、「お受験」に熱心で、以前園長であった幼稚園の方式をそのまま持ち込もうとしている。前任の園長の高潔な人格と、子供を思いやる気持ち、厳しさに最大限の敬意を持っていた僕は、この講話の途中から、耳が音を拾うことを拒絶してしまった。
そんなとき、斜め前のお母さんに目をやると、鞄からバイブルサイズのシステム手帳とともに、革のペンケースを出した。そして何がその一本差しから出てくるのかと思ったら、モンブランのモーツァルト、シルバートリムのボールペンであった。
一見“お水”風の格好で、離れていても香水の香りが漂ってきそうな感じの方であった。プレゼントでもらったのか、自分でお洒落として買ったのか、実用として求めたのかは想像は膨らむが、バイブル手帳からはみ出るような付箋の数を見て、この方はおそらくプロフェッショナルな職業の方ではないかと勝手に結論づけた。
さて、保護者会が終了、幼稚園も子供の帰宅時間となった。当方は、これからムスメを一時預かりのデイ・ケアに送り、それから出勤。いつもなら、ヘルパーさんにお越しいただくのだが、カミさんがこの日は不要ということで従前に断っていた。僕は、ムスメをデイ・ケアに預けた後、慌てて職場へ走り出した。
その日の午後、今度は、20才前後の学生が、モンブランのペンケースを持っているのを発見。見るような、見ないような感じでそちらを見ていると、ジッパーを開けて出てきたのは、おそらくクラシックのボールペン。ひょっとして中には万年筆がと思っていると、赤と青の二色鉛筆が一本はいっていただけだった。これはおそらく、自分で買い求めたものではないように思う。親戚か、親が、入学祝いで贈られたものだろう。
モンブラン、相変わらず目立つ。というかすぐに目に付く。あのモンブランのマークはやはり、優秀な商標だと思う。
ところで、我が家唯一のモンブラン・ボールペンである、カミさんからもらったスターウォーカー。いつも僕の自宅作業机の上に鎮座していたのだが、これを「万年筆の建売狭小住宅」に追いやる事件があった。これについては明日書きます。
November 20, 2009
久々の銀座デュポン・ブティック
昨日は面談一件と、書類扱う事務仕事。いつもの仕事カバンではなく、スーツとお出かけカバン一式を持って出勤した。当然お出かけカバンは先日ルボナーで購入したディプロマ。出勤してわかったことだが、僕に回ってくる書類の整理が遅れて夕方まで完成しないとのこと。そこで昼食時間帯に行われた面談の後、長い昼食時間を取って、職場から銀座へ出かけた。
第一の目的は、GRデジタル(初代)の修理のため、リコーの修理センターへ立ち寄ること。今回で3度目となる修理依頼である。半押しシャッターが機能しなくなり、自動フォーカス機能が使えなくなったのが今回の不具合。修理センターに2時までに持ち込めば即日修理が可能となることを知っていた僕は、このチャンスとばかり銀座へ急いだ。
ところが、到着したとたんに、例によってゴタゴタがある。結局無料で修理してもらえることとなり、修理のためカメラを置き、血が上った頭を冷やしに雨の降る銀座の街へ出る。受け取りは4時半以降とのことだったので、しばらく時間ができた。そこで、どこへ行こうかと考えた。思い浮かんだのは、「悪魔の館」、北欧の匠、COUコース。もうひとつは銀座デュポン・ブティック。
本日はお出かけ用セットのため、左の写真にあるようにペンケースにはデュポンの万年筆が3本も入っている。安物のコート(ZARA)ではあるが、一応スーツにディプロマ。こういう格好ではまず銀座に来ないので、まずはデュポン・ブティックへ行こうと思った。うまくすれば、モンパルナスのコンバーターがあるかもしれない。
到着すると僕の会いたかったカリスマ女性店員ではなく、男性の方。親切にあれやこれやと説明いただく。万年筆など筆記具の売り場面積は狭くなったものの、相変わらず魅力的な50%の割引商品も多くあった。いろいろと万年筆を拝見した後、「モンパルナスのコンバーターありますか」と聞くと、後ろの棚を探していただき、一つ出てきた。
今日の目玉は、オランピオのディスプレー用ペンケース。万年筆、ローラーボール・ペンとともに、ニブ・セクション(F、M、Bの三種類)やインク瓶がぴったりと納められるようになっている。「これは売っていないのですか」と聞くと、展示用のため販売していないとのこと。これはコレクターズ・アイテムだ。どこかで売られてないかしら。
さて、15分ほど滞在し、いろいろとお話を伺った後、コンバーターの支払いをしているとき、僕が「実はこれをこの前買ったんですよ。」とブラック・マザー・オブ・パールを指差すと、店員の方は「お顔覚えております」との言葉。明らかに僕を誰かと勘違いされている。やはり、スーツの効用か。僕は「どなたかと人違いでは」と言おうかと思ったが、あえて雰囲気をまずくする必要もなかろうと、そのままにしておいた。すると、「これを」とお土産までいただいた。ここまでしていただいて、引っ込みがつかなくなり、何も余計なことを言わず、お礼だけを申し述べてお店を後にした。デュポン・ブティックの方、本当にありがとうございました。改めて御礼を申し上げます。
まだ時間があったため、雨の中ではあったが、COUへ向かう。Peek-a-Booの一本挿ができているかを確認するためであったが、お話をうかがうと年末くらいにできているかもしれないとのこと。また、チョコの3本挿も、革の供給が滞っていたが、こちらも年末には出来上がるとのこと。黒のディプロマをかけていたためか、ルボナーのお話を少ししてから、北欧の匠へ。
北欧の匠では、つきみそうさんに見せていただいた、ブックレットのようになったペンケースがないかと尋ねたものの、在庫はないとのこと。注文は受けていただけるそうだが、1年半待たなければならないとのことであった。しかしこれは、“イラチ”の僕の許容範囲を超えているので、あきらめて「悪魔の館」へと向かう。
この時間帯だと、知った方はどなたもいないのではと思っていたところ、入り口をくぐったとたんに「XXさん(Bromfieldの源氏名)」を呼ぶ方が。八雲さんであった。「あれ、どうしてこんな時間に」とお互いに驚いた様子。WAGNER関西地区大会の熱気や、ペンクリの様子などをお伝えした。初めて、店主のFさんともお話ができた。僕が探していた万年室がなかったのは残念であったが、また次回うかがう楽しみができたと思いたい。
さて、カメラを受け取り、充実した長い昼休みが終了。職場に帰り、書類の山の格闘である。
第一の目的は、GRデジタル(初代)の修理のため、リコーの修理センターへ立ち寄ること。今回で3度目となる修理依頼である。半押しシャッターが機能しなくなり、自動フォーカス機能が使えなくなったのが今回の不具合。修理センターに2時までに持ち込めば即日修理が可能となることを知っていた僕は、このチャンスとばかり銀座へ急いだ。
ところが、到着したとたんに、例によってゴタゴタがある。結局無料で修理してもらえることとなり、修理のためカメラを置き、血が上った頭を冷やしに雨の降る銀座の街へ出る。受け取りは4時半以降とのことだったので、しばらく時間ができた。そこで、どこへ行こうかと考えた。思い浮かんだのは、「悪魔の館」、北欧の匠、COUコース。もうひとつは銀座デュポン・ブティック。
到着すると僕の会いたかったカリスマ女性店員ではなく、男性の方。親切にあれやこれやと説明いただく。万年筆など筆記具の売り場面積は狭くなったものの、相変わらず魅力的な50%の割引商品も多くあった。いろいろと万年筆を拝見した後、「モンパルナスのコンバーターありますか」と聞くと、後ろの棚を探していただき、一つ出てきた。
今日の目玉は、オランピオのディスプレー用ペンケース。万年筆、ローラーボール・ペンとともに、ニブ・セクション(F、M、Bの三種類)やインク瓶がぴったりと納められるようになっている。「これは売っていないのですか」と聞くと、展示用のため販売していないとのこと。これはコレクターズ・アイテムだ。どこかで売られてないかしら。
さて、15分ほど滞在し、いろいろとお話を伺った後、コンバーターの支払いをしているとき、僕が「実はこれをこの前買ったんですよ。」とブラック・マザー・オブ・パールを指差すと、店員の方は「お顔覚えております」との言葉。明らかに僕を誰かと勘違いされている。やはり、スーツの効用か。僕は「どなたかと人違いでは」と言おうかと思ったが、あえて雰囲気をまずくする必要もなかろうと、そのままにしておいた。すると、「これを」とお土産までいただいた。ここまでしていただいて、引っ込みがつかなくなり、何も余計なことを言わず、お礼だけを申し述べてお店を後にした。デュポン・ブティックの方、本当にありがとうございました。改めて御礼を申し上げます。
まだ時間があったため、雨の中ではあったが、COUへ向かう。Peek-a-Booの一本挿ができているかを確認するためであったが、お話をうかがうと年末くらいにできているかもしれないとのこと。また、チョコの3本挿も、革の供給が滞っていたが、こちらも年末には出来上がるとのこと。黒のディプロマをかけていたためか、ルボナーのお話を少ししてから、北欧の匠へ。
北欧の匠では、つきみそうさんに見せていただいた、ブックレットのようになったペンケースがないかと尋ねたものの、在庫はないとのこと。注文は受けていただけるそうだが、1年半待たなければならないとのことであった。しかしこれは、“イラチ”の僕の許容範囲を超えているので、あきらめて「悪魔の館」へと向かう。
この時間帯だと、知った方はどなたもいないのではと思っていたところ、入り口をくぐったとたんに「XXさん(Bromfieldの源氏名)」を呼ぶ方が。八雲さんであった。「あれ、どうしてこんな時間に」とお互いに驚いた様子。WAGNER関西地区大会の熱気や、ペンクリの様子などをお伝えした。初めて、店主のFさんともお話ができた。僕が探していた万年室がなかったのは残念であったが、また次回うかがう楽しみができたと思いたい。
さて、カメラを受け取り、充実した長い昼休みが終了。職場に帰り、書類の山の格闘である。
November 19, 2009
デュポン モンパルナス(チャイニーズ・ラッカー) MあるいはB
WAGNER関西地区大会へ参加するため、親元に帰省していた時、気がかりなことが一つあった。それは、オークションで落とした品が自宅へ届き、それをカミさんが受け取るということにはならないかということである。予感は的中し、3点のうち2点が大会当日の先週土曜日、自宅に届いてしまった。一つには、丁寧に「ペン先」とあり、誤魔化しようがない。そしてもう一点が今日ここに紹介するデュポン・モンパルナスである。
関西人にとっては、パルナスとは「モスクワの味」。それにモンブランのモン(山)が付くのは、モスクワの味の山盛りという意味か、などと下らないことを考えてしまう。この今は無きパルナスのお菓子のおかげで、パリのモンパルナスに行っても、どこかロシア風のイメージが頭の中にはついて回る。
さて、インクは、珍しくカートリッジを使い、黒を入れようと思った。これは、以前デュポンのクラッシク用にカートリッジインクを買った時に間違って購入し、そのまま手元に置いてあったものだ。ただ、解説書が手許にないため、このペンの首軸をどうして外すのかがわからず難儀をした。しかし、色々と考えて、尻軸にとってのような金具が付いており、それを回すと首軸がはずれる仕組みになっているのを発見。プラスチックで大半が出来ている安っぽい感じのコンバーターを外し、お掃除。それからおもむろにコンバーターを装着した。

この万年筆、Bニブという触れ込みであったが、書いてみるとどうもMに近い気がする。しかし書き味は極めてスムーズ。この万年筆は少し大柄であるが使い易そう。僕はクラッシックのような細軸の万年筆は、万年筆を握る時に指先が干渉しあうような感じで、あまり好きには慣れなかったが、この適度な太さと重さのある万年筆は、僕の筆記嗜好とうまく調和しているような感じがする。
実際僕のもとに集まってきたデュポン4兄弟、上からモンパルナス、D-Link, ブラック・マザー・オブ・パール、そしてオランピオである。長さ、太さを見てもモンパルナスが大柄の万年筆であることがわかる。このモンパルナス、出来ればお出かけ用の万年筆としたいのであるが、果たして一体どうなるのだろうか。
最後に蛇足ながら。この万年筆を落札するにあたって、僕は例によって、終了より随分前に自分の出せる最高額を入れておいた。ところが、最高入札価格は終了3分前でも、僕の入れていた額を100ドル程下回っていた。しかし最後の最後でスナイパーの登場、しかし彼の入れた最高額を1ドル76セント上回り落札。落札価格自体は相場をずいぶん下回るが、終了直前の入札額とは100ドル近く違うので、入札した人間は確実に落札できたと思っていたかも知れない。
このようなことが、一番悔しい。僕だと眠れなかっただろう。調べてみると、どうもドイツの入札者らしい。オークション終了当日はWAGNERの裏定例会。もしこの入札者と顔をあわせたら気まずいなと思っていただけに、取りあえず一安心。それにしても、落札できなくてももおかしくない万年筆が、当方のもとへやってきた。これからは可愛がってやろうと思う。
関西人にとっては、パルナスとは「モスクワの味」。それにモンブランのモン(山)が付くのは、モスクワの味の山盛りという意味か、などと下らないことを考えてしまう。この今は無きパルナスのお菓子のおかげで、パリのモンパルナスに行っても、どこかロシア風のイメージが頭の中にはついて回る。
最後に蛇足ながら。この万年筆を落札するにあたって、僕は例によって、終了より随分前に自分の出せる最高額を入れておいた。ところが、最高入札価格は終了3分前でも、僕の入れていた額を100ドル程下回っていた。しかし最後の最後でスナイパーの登場、しかし彼の入れた最高額を1ドル76セント上回り落札。落札価格自体は相場をずいぶん下回るが、終了直前の入札額とは100ドル近く違うので、入札した人間は確実に落札できたと思っていたかも知れない。
このようなことが、一番悔しい。僕だと眠れなかっただろう。調べてみると、どうもドイツの入札者らしい。オークション終了当日はWAGNERの裏定例会。もしこの入札者と顔をあわせたら気まずいなと思っていただけに、取りあえず一安心。それにしても、落札できなくてももおかしくない万年筆が、当方のもとへやってきた。これからは可愛がってやろうと思う。
